『うららの森のマー君』
著者 水月芭
冷たい冷たい雨の中。どこへ行く当てもなく、沙羅はふらふらと歩いていました。
一体どれくらい歩いてきたのか、その姿は洋服も髪の毛も疲れ切っていました。
傘もささずにびしょ濡れになっていたので、まるで幽霊のようでした。
「パパのバカ」
一言ぽつりとつぶやくと、空からではなく、大きな瞳から温かい雨水が頬を伝っていました。
それと同時に、足が止まってしまいました。
「もう動けない」
沙羅は切なくて悲しくて、そして、疲れてしまい、水たまりの中に立ち止まってしまいました。
「ここで、天国にいるママのところに行くのね」そう頭に浮かびました。
ふと、前を見ると小さな小屋があるようでした。
温かそうな光が窓からもれています。
沙羅は、そちらのほうに何も考えることなく近づいていきました。
そして、戸の前まで来るとへなへなとその場に倒れ込んでしまいました。
遠く、犬のほえる声を聞きながら、気を失ってしまいました。
温かくて、いい匂いが包んでくれているのを感じて、沙羅は、天国に着いたのだと目を開けました。
「目が覚めたようね」
とても落ち着いていて優しさを感じる声がしました。
目の前に、にこやかにほほえむ老婆がいました。
「沙羅は、声が出せませんでした。
そして、手に生暖かい感触を感じました。
「アーネスト、良かったわね」
そうして、老婆が声をかけたほうに目を向けると、子犬が手をぺろぺろと嘗めていました。
「アーネストよお嬢さん。貴方を見つけてくれたの。傍にずっとついていてくれたのよ。ありがとうを言ってあげてね。私は温かいスープをもってきてあげるわね」
そう言うと、沙羅の寝ているベッドから離れていきました。
沙羅は子犬に目をやるとほほえんで頭を撫でてあげました。
「ありがとう。アーネスト」
子犬はクウンクウンと鼻を鳴らし、また手を嘗めました。
子犬を見つめながら沙羅の瞳からはまた暖かな雨水がこぼれ落ちそうになっていました。
「天国には行けなかったのね。ママには会えなかった。でも、暖かくていい気持ちなの」
やがて、いい匂いがしてきました。
老婆がスープを持ってきてくれました。
「ありがとう。お婆さん」
老婆はほほえんで、スープをそっと手渡ししてくれました。
「お嬢さん、お名前はなんて言うの?私はリサよ。随分と遠くから来たみたいね」
沙羅は、スープを口に付ける前に、きちんとリサの方にむき直しました。
「私は沙羅と言います。どこをどうやって来たのかもう分からなくなっちゃったけど、3日ほど歩きっぱなしでした」
「そう。さあ、スープが冷めないうちに召し上がれ」
リサは、そう言うと、ただほほえんでいるだけでした。
子犬のアーネストはまるで沙羅を守ろうとする騎士のように寄りそっていました。
3日ぶりに口にするスープ。そして、居心地の良い空気。
スープを口にしたとたん、再び眠気が襲ってきて、沙羅はまた夢の中へ吸い込まれていきました。
|